スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「男性学」「マスキュリズム」に対する考察 Ⅰ

以前、ワレン・ファレルの「男性権力の神話」を紹介した際に、「男性学」や「マスキュリズム」に対する批判コメントがあった。

今回は「男性学」や「マスキュリズム」について私見を述べたいと思う。

まず、男女論に対する私の基礎となる考え方は「権利(利益)に応じた義務(コスト)を負うべき」という考えである。

私の考えを説明するために、まず以下の2つの考え方を説明する。
「1」は旧来の男女間、「2」はフェミニストらが提唱するジェンダー的な価値観に近い考え方である。

1「男女は異なる権利義務を持つ」という考え
男女は異なる性質を持っているから、異なる扱いは当然である。
その性質によって保護(優遇)される部分があっても良いが、一方で不利になる扱いも受け入れなければならない。
男女それぞれに有利・不利があって認めあうべきだ。


2「男女は平等であり、同じ権利と義務を持つ」という考え
男女は同質であるはずであり、全ての結果において男女は平等であるべき。
性別により有利・不利があってはならない。


2「男女は同じ権利と義務を持つ」という考えは、もし男女すべての権利義務を下図のように半々にすることができるのであれば賛成である。
(あくまで「できるのなら」だ。絶対に実現しないので実質的には反対の立場である)
1-1.png


一方で、「1 男女で異なる権利義務」は、私の考え(権利(利益)に応じた義務(コスト)を負うべき)と合致する。

しかし、男女の権利義務、利益コストはずっと固定であるべき、というような硬直的な考えではなく、時代によって男女の役割、意識が変わってしまうこともある程度は許容すべきであると思う。

なので片方の権利(利益)の方が多くなれば、それに応じた新たな義務(コスト)を負うべきと考えている。
下図は男女の権利(利益)が70:30であるが、同時に義務(コスト)も70:30であるという図である。
1-2.png



逆に、ある部分で女性の権利や利益が70であるならば女性の義務やコストも70であるようにならなければ公平ではない。
1-3.png


これが「権利(利益)に応じた義務を負うべき」という私の考え方である。

しかし現在の日本はその考えから遠く離れたところにある。


「候補者数男女平等」法案 自民、反対論のなか了承 来年の成立目指すもしこり残る
自民党は9日、国政・地方選で男女の候補者数を均等にするよう各政党に求める「政治分野における男女共同参画推進法案」を了承し、公明党、日本維新の会と衆院に共同提出した。罰則を設けない理念法で、来年の通常国会での成立を目指すが、自民党では一定の議席・候補者を女性に割り当てる「クオータ制(人数割当制)」への移行などを懸念する反対論も噴出し、しこりが残った。
http://www.sankei.com/politics/news/161209/plt1612090048-n2.html
産経ニュース 2016.12.9 20:54



政党の候補者数を男女均等にするということは、結果として比例代表制で当選者の男女比が同数になることを意味する。比例代表制を採用している日本においては実質的にクォータ制に近い

「罰則を設けない理念法」というが、この手の法律はまず「罰則なし」で制定し、しばらく経ってから「罰則付き」に改正するのが常套手段である。

上記のように政治家の男女を無理矢理に均等にしたり、

教育の現場でも旧帝大で女性枠を設けようとしたり( 大学入試の女性枠) 、

東大が女子学生だけに補助金を支給したり(東大の女子学生への家賃補助)

公務員に実質的に女性枠を設けたり(女性専用化社会への移行)

日常生活においていたるところで女性専用のサービスや女性優遇を受けられたり( 女性専用化社会 男性が日々感じている苦痛)

通勤電車に女性専用車両ができたり

セクハラ・DV・ストーカー対策が拡充され、女性のみの支援、相談、シェルター、補助はあらゆるところで見受けられ、女性の証言が絶対のものとして扱われる。そして性犯罪の重罰化は止まらない( 女性の加害者性)。

女性優遇、女性に対する保護、女性が有利になる施策・政策はあらゆる局面で見られるようになった。

一方で、男性が不利に置かれている状況は改善されただろうか。

明確に「否」である。

相変わらず男性は仕事で殺され続け、男性の自殺が女性の2倍以上というのも変わっていない。(死のクォータ)

なのに、男性特有の苦難に対するケアは女性に比べてほとんど見られない。

日常生活においても男性が有利なサービスを受けることはなく、男性の奴隷のような長時間労働は改善されずに「二人の子供なんだから男性も育児をするのは当然」と義務だけが増加した。

毎日の通勤電車でさえ女性専用を強いられ、一方で冤罪で人生を破壊されることへのフォローは何も整っていない。

男性専用や、男性だけ割引、サービスなどというものはほぼ無い。

女性へのアプローチをすべきは相変わらず男性で、男性がリードし、男性がデート代を負担し、男性が傷つくリスクを負いながら心理的に踏み込んでいかなければならない。しかし、アプローチを一歩間違えるとセクハラやスットーカー、性犯罪となり重罰を受ける。
アプローチを踏み出せなければ「意気地なし」「草食系男子」と揶揄される。
(=男性が常にリスクを負って、そのうえで積極的に女性を喜ばせろ。エスパーのように女性の気持ちを慮り、女性の気に入る行動をとれなければ破滅というダブルバインド)


女性の年収が急上昇する一方で、男性の年収は急速に低下していったが、女性が男性に「甲斐性」つまり年収を求めることは変わらなかった。どんな社会になっても、女性が低年収の男性を結婚相手として積極的に選ぶことはない。
結果、当然のように男女の結婚数が大幅減し結婚平均年齢は遅れ、少子化が進んだ。

少子化が進んだ原因は「企業や国の女性の支援不足」であるとして、女性は支援されて当然という前提で際限なく税金が投入されていく。


女性が均等に社会的地位を得られるようになったのであれば、男性が負担していた義務・コストを女性が補う施策がなされれるべきである。


・仕事上での死亡事故・重大事故のほとんどが男性であることを解消するために女性にも死のリスクがある仕事にクォータを割り当てる、男女の自殺率が拮抗するように女性の労働負担を増やす等、男女の平均寿命を近づけるような施策をとる

・女性専用等を廃止する、もしくは男性専用のものをもっと増やして均等なサービスを受けられるようにする

・離婚の際の親権について男女が半々になるように配慮する。
(離婚前に子供を自分の実家に連れ去り、養育実績を既成事実としようとする行為を「誘拐」として刑事事件として扱うようにすることも重要だ。海外では普通の措置であるが、日本では母親が子供を誘拐することを「子供を連れて実家に帰る」と表現し、犯罪ではないように捉える悪しき慣習がある。フェミニストは「海外では~」とよく言っているが、女性に不利になることに対しては押し黙っている)

・男性のDV被害やその他性被害について、相談窓口やシェルター等、女性と同等のコストをかける

・女性が男性に対して暴力を振った際に逮捕されない特権を廃止し、男性が女性に暴力を振った場合と同レベルで対処するように警察に教育する。

・男女間のトラブルが起こった際に、女性の証言のみが証拠として採用される状況を見直す

・司法において女性被告に対する罰が著しく軽い状況(懲役年数、執行猶予、死刑の適否)を見直し、男女平等な罰を与えるようにする。特に女性が殺人や過失致死を犯した際の異常に軽い懲役年数、異常に高い執行猶予率を男性と同等にする。

・男性・女性の性役割に縛られず女性からも男性にアプローチをし、リードし、デート費用を負担しなければならように、また所得が少ない女性も「甲斐性なし」と非難されるされるように、女性が家庭を養うのが当たり前という責任感を持つように教育・教育をする

・その他、男性であるだけでさらされる期待、責任、プレッシャーについて、(特に女性から求められた場合は)セクシャルハラスメントとして認定し、罰を与えるようにする等
(例)男女のカップルがデートに行った際に、女性が支払いをする気配がなく、男性が支払わざるを得ないような雰囲気を造り出した場合、性役割にもとづき男性に支払いを強制させる「デートDV」として、民事、刑事告訴できるようにする等



しかしこれらの施策がなされることはなかった。

結果、女性の権利・利益が大幅に上昇し、男性の義務・コストは重いまま、それどころかむしろ上昇することになった。

フェミニストたちの唱える「男女平等」は正しくは「女性の利権拡大」であり、本当の意味での男女平等などではなかったのだ。


下図が女性の利権拡大を図った結果である。
1-4.png



私は男性だけが不相応に、利益に見合わない重い負担を課せられている状況に対して「男性差別」だと主張している。

これを踏まえ、次回、「男性学」や「マスキュリズム」に関する考え方を述べようと思う。

(次回の記事に続く)

余談だが、「権利には義務が伴う」という言葉は、法学の「人権」の分野においては正しくない表現(誤解を生む表現)だそうだ。
権利は権利、義務は義務でまったく別のものから発生しているもので、1対1になっているものではない。

「税金を払ってないから(義務を果たしていないから)、選挙権を剥奪する(権利を与えない)」などということはなく、税金やその他の義務を果たしているか否かにかかわらず、選挙権は与えられるものだからだ。「基本的人権」なども当然に、すべての人にあるものであり、義務を果たしているかは関係ない、ということだ。(権利を持っているのは「国民」、義務を果たすのは「国」である)

一方で、私法上の売買契約等における、「商品を受け取る権利」と「代金を支払う義務」のような対になる権利と義務の関係もある。

なので本稿における、「権利に見合った義務」という言葉は、後者のような「対になる権利と義務」を想定して頂きたい。




「権利に見合った義務」を女性も負担すべきという方は、以下の2つのバナーへのクリックをお願いします。
あなたの一票が社会をより良くするための原動力になります。
人気ブログランキングへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
 
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

>自民党では一定の議席・候補者を女性に割り当てる「クオータ制(人数割当制)」への移行などを懸念する反対論も噴出し、しこりが残った。

政治家ってのはほんと、心底見下げ果てた恥知らずの屑だな
クオータ制移行への懸念から反対論が噴出?
は?なに寝惚けてんのお前ら?
お前ら全員、「女性活躍法案」に諸手を挙げて賛成してたじゃん
あれって、事実上の女優遇・女割当制度なんですけど?
国民(男性)には女優遇を強制しておきながら、自分らは女優遇したくないってか?
国民(男性)に女優遇を押し付けるのは是としながら、自分らだけは嫌だってか?
お前らは、その自分が嫌だってことを、散々国民(男性)に強いてきたんだよ
それがいざ自分らにも火の粉が降りかかるって段になってようやく「反対」とはな
驚いたな

これが政治家どもの正体ですよ
自分らさえ良ければそれでいい、自分らのことしか考えない、自己中の糞ども
そういえば、安倍が閣僚人事で3分の1を女にすると言った時にも同じような反対論が出ましたよね

女優遇フェミ男なんて、所詮こんなもん
奴らが女を優遇できるのは「自分の方が上」という前提がある時だけ
奴らはただ単に、女に「器の大きい」ところを見せ付けて、自分の力を誇示したいだけ
「強い男」を気取って、女にセ。クスアピールしたいだけ
フェミ男の正体はフェミ女と同じ
のぼせ上がった傲慢の自己中

クソフェミどもは「フェミに文句を言ってるのは底辺の男だけ」などと嘯くが、少なくとも自分の立場によってコロコロ態度を変えるカメレオンなんかより遥かにマシだわなw
これまであれほど堂々と女優遇・男性冷遇を唱えてた奴が、いざ自分が冷遇される立場になった途端ブーブー不満を垂れてる姿の、なんと見苦しく女々しいことよw

Re: No title

コメントありがとうございます。

> それがいざ自分らにも火の粉が降りかかるって段になってようやく「反対」とはな
> 驚いたな
>
> 奴らが女を優遇できるのは「自分の方が上」という前提がある時だけ
> 奴らはただ単に、女に「器の大きい」ところを見せ付けて、自分の力を誇示したいだけ
> 「強い男」を気取って、女にセ。クスアピールしたいだけ


まさに核心を突いた言葉だと思います。
彼ら(女性優遇に賛同した男の政治家)は政治的にどうだとか、社会がどうだとか、深いことを考えていたのではありません。
ただの「女に奢ってカッコつけたい男」だったのです。

女に譲り、奢り、女を特別扱いして、「器の大きい男」とかを誇示してモテたかっただけなのです。


しかし、デート代を奢るときに支払いをするのは当事者の男ですが、政治家のおっさんがカッコつけるときに支払いをする(女性に譲らなければならなくなる)のは、一般大衆の男性全てです。

国の税金から議員報酬が出ている政治家のおっさんには、影響はありません。
それがどれだけの男性に負担を強いてきたかなんて気付いていません。


> これまであれほど堂々と女優遇・男性冷遇を唱えてた奴が、いざ自分が冷遇される立場になった途端ブーブー不満を垂れてる姿の、なんと見苦しく女々しいことよw

この段階(政治家の女性枠)になってようやく自分の立場が危うい、と気付いたのです。
フェミニストたちは、おっさん政治家に取り言っておねだりをして、「いいぞなんでもやってやるぞ」と鼻の穴を膨らませていたが、フェミニストたちは最初から男を搾取するために近づいていたのです・
そしてとうとうおっさん政治家自身に手をかける段階に来ました。

さながら、女からの「ねえブランドのバッグ買って、服買って、宝石買って!」とおねだりされて搾り取られ、最後には自分の身をほろぼすということを国家レベルでやってしまったというコントのような状況なのです。

この段階で気付いて反対した政治家たちは(もう致命傷まで行ってますが)まだ自分たちが女に利用されたということに気付けただけマシかもしれません。

ドイツの牧師で反ナチス運動の指導者マルティン・ニーメラーの詩を彼らに贈りたいと思います。
(丸山槇尾 訳版)

「ナチが共産主義者を襲つたとき、自分はやや不安になつた。
けれども結局自分は共産主義者でなかつたので何もしなかつた。


それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大した。
けれども自分は依然として社会主義者ではなかつた。そこでやはり何もしなかつた。


それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、というふうに次々と攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増したが、なおも何事も行わなかつた。


さてそれからナチは教会を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であつた。
そこで自分は何事かをした。しかしそのときにはすでに手遅れであつた。」
プロフィール

senyou38

Author:senyou38
初めてご来訪の方は、当ブログの趣旨である「はじめに」をお読みください。

当サイトの「もくじ」をご利用ください


女性専用
男性差別
(FC2キーワードランキング)

当サイトはリンクフリーです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
政治・経済
386位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
95位
アクセスランキングを見る>>
カウンター(累計)
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。