虐げられた人々の抵抗 Ⅱ

※この記事を読む前に前回の記事「虐げられた人々の抵抗 Ⅰ」を読むことをお奨めします。

前回の記事で紹介したように、今から約55年ほど前に、公共の交通機関での差別に耐えかねて、白人からの強制に抵抗した人がいる。
黒人女性のローザ・パークスである。

自分は同じ料金を払っているのに、
自分は悪いことをしていないのに、
自分は同じ人間なのに
どうして一方的に不利な扱いを受けなければならないのか。

彼女の抵抗は他の虐げられている人々の鬱憤に着火し、その感情が爆発して、公民権運動は始まったのだった。

ローザ・パークスが白人の命令に抵抗し、逮捕された1955年から、さらに60年前の1890年、ルイジアナ州で鉄道車両において「平等ではあるが分離(equal but separate)」という概念をもとに、白人専用車両と黒人専用車両を分離する法律が成立した。

その2年後、黒人の血が8分の1だけ混じった、見た目は白人のホーマー.A.プレッシーが白人専用車両に入ったため逮捕された。
この裁判においてホーマーはこの人種を隔てる法律そのものに対して抗議をした。

1896年、最高裁は「分離はすれど平等(separate but equal)」という概念をもって、違憲ではないという判決を下した。

隔離はしているが、平等である。
「これは差別ではなく、区別だ」と。

この判決はそれ以降の人種隔離主義の重要な法的原則として用いられていくことになった。                                                                                            この判決が出た年から約60年後の1951年に、白人専用の学校に黒人であることを理由に入学拒否されるのは違憲だ、という訴訟に対して、「分離はすれど平等」という原則には根拠がない、という判決が下るまで運用されることになった。(それでも、すぐに平等が実現された訳ではなかったが)
白人と黒人が同じように払った税金から、どうして黒人の3分の1しかいない白人専用学校に、黒人専用学校の3倍以上の額が投入されているのか。

どうして黒人専用の学校にスクールバスは一台もなかったのか。

それまで「分離はすれど平等」の概念が当たり前だったため、これは差別ではなく区別なのだ、これは平等なのだと信じなければいけなかったのだ。

平等であるはず、ないのに。

しかし、1951年の裁判においてこの原則が覆ったことにより、また、ローザ・パークスの抵抗などにより、黒人たちはそれまで「しょうがないこと」だと心の奥底に押さえ込んでいた不満を表に表すようになり、行動として起こすようになったのだった。


もはや改めて説明することでもないが、21世紀の現代、先進国と呼ばれる日本で、未だに約120年前のアメリカと同じような差別が行われている。

公共交通機関で、一部の車両が女性専用とされているのだ。

しかも、アメリカの件とは違い、女性専用車両はあるのに男性専用車両はない。
白人専用と黒人専用に二分されているのとは違い、女性は全ての車両に乗り込む権利を持ち、男性は持たない。
そんな不平等な状況で、何もしていない男性に対してさらに「男が悪い」と責めるのだ。(もちろん悪いのは痴漢であって、善良な男性には何も関係がない)

こんな一方的な差別がまかり通っている。
日本の人権意識はアメリカから120年、いや、それ以上遅れている。

そして、女性専用車両が差別であることにうすうすは感じながらも、おかしいと言える雰囲気がなく、不満を抑えながらも耐えている。
もしくは、「そんなものだ」と現状を普通のことだと受け入れてしまっている。

だが、中には女性専用車両は明らかに差別だと認識し、ローザ・パークスのようにこれに抵抗するため、女性専用車両に乗りこむ人たちもいる。
すると、直ちに駅員や車掌が駆けつけ、男性を降ろしにくる。
場合によっては警察が来る場合もあるようだ。

そしてそのせいで電車が遅延することもある。
すると他の、この現状が「当たり前」と思っている人々が、「女性専用車両に乗り込んでわざわざトラブルを起こすほうが悪い」と批判する。
差別されているはずの男性の中にも、知らずのうちに男性差別の土台の形成に貢献してしまっている人もいる。

これは日本だけではなく、黒人差別の酷かった当時にも起こっていたことだ。

当時のモンゴメリーにおいて、黒人はバスの前方の入り口で料金を払い、一度降りてから後方の乗り口から入りなおさなければいけないという非常に不便なルールがあった。
バスの前方は白人専用席であり、その白人の集団の中に黒人が入ることは許されなかったからだ。
(駅の階段のすぐそばに女性専用車両が停まり、男性はその車両に入ることが許されないため、余計に歩かされるという日本の現状に似ている。さらに電車の発車するタイミングによっては、女性専用車両のせいで男性は電車を一本見送らなければならない)

ローザ・パークスが逮捕される10年前、バスの前方で料金を払い、そのまま前方から乗車しようとしたことがある。
バスの後方では、ドアの段差のところまでいっぱいに黒人の乗客が詰め込まれていた。
とてもじゃないが、ここには乗れない。

彼女は前方で料金を払い、そのまま立っている人をかき分けて後方に回ろうとした。
(黒人専用の部分は乗車できないほど混雑していたのに、白人専用の範囲は「立っている人をかきわけて進める」程度の混雑具合だったのだ。これも女性専用車両を髣髴(ほうふつ)とさせる)

バスの運転手はローザを睨みつけ、「バスから降りろ」と言った。
ローザは「私はもうバスに乗っているのだから、わざわざ降りて乗りなおす必要はないじゃないか」と反論した。
すると運転手はローザのところまで来て、コートの袖を掴んで、もう一度「バスから降りろ」と言った。

ローザが「降りますよ」と言って、バスから降りようとしたとき、バスの後方、黒人専用の方から「後ろから回って乗ればいいだろ」とぶつぶつ文句を言うのが聞こえた。

ローザの自伝には「たぶん黒人乗客は、早く家に帰りたかったので、またずっと立ち続けていて疲れていたので、嫌気が指したのでしょう」とある。

どうだろうか。
日本の女性専用車両において、まったく同じことが起こっていることがわかるだろう。

・わざわざ余計に歩かされ、異なる乗車口から入らなければならない。
・もし、女性専用(白人専用)のところから入ろうとすると駅員(運転手)が降ろしに来る。
・一度、電車の中に乗っているのに、わざわざ降りて、もう一度別の車両に乗りなおさなければならない。
・そしてそのせいで遅延したら、差別されているはずの男性(黒人)も、そこに乗り込むほうが悪い、と非難してしまう。


差別されている側にも、この不平等な状況が当たり前だという感覚が根付いてしまっており、その差別的なルールに逆らって平等を求める行動をとる人を、「わざわざ騒ぎを起こす奴」と認識してしまうのだ。

こういった例は他にもある。

1960年、ノースカロライナ州のこと。
4人の大学生が雑貨店で商品を買い、ランチカウンターに座り、そこでコーヒーを注文した。
ところが、そこではランチカウンターは白人専用だったのだ。
当然、彼らが注文したコーヒーは出されることはなかった。

しかし、彼らは店が閉店するまでの30分間、座り込んだ。
奥の厨房から黒人の皿洗いが出てきて、席からどくように言い「あんたたちは黒人の恥さらしだ」と言い放ったという。

この皿洗いの黒人も、彼らを「ルールに逆らう迷惑な奴ら」と思い、怒ったのだろう。

その「ルール」を疑いもせずに、だ。

だが、彼らは挫けなかった。
二日後、彼らは20人の仲間と共に白人専用のランチカウンターに一日中座り込んだ。
シット・イン(座り込み)運動の幕開けである。

毎日、開店時間から閉店時間まで黒人学生が席を埋め、客として扱われるのを待ち(そうなることはなかったが)、閉店すると立ち去っていく。

 このシット・イン運動を組織化するために、学生非暴力調整委員会(SNCC)が結成された。
15の都市で、54のシット・イン運動が展開され、約5万人がこの運動に参加することになった。

 そしてシット・インだけではなく、人種差別をしている施設のボイコット運動まで起こったため、黒人の客が多かった地方では経済的なダメージを受け、黒人の要求を受け入れざるを得なくなった。
こうして店のランチカウンターにおける差別はなくなったのだった。

この運動の中心にいたのは学生たちであり、たとえ逮捕されても大人たちと違って職を失う心配がないという強みがあり、逮捕されることを恐れなかった。

当然、逮捕されたりモノを投げつけられたり、あるいは命の危険を感じるような脅迫を受けることはあったが、それでも彼らは差別と戦い、勝利したのだ。

「男性が差別されているという事実に気付くこと」

これが女性専用化社会に対抗するために重要なことだ。
そもそも差別に気付かなければ、差別をなくすことなど不可能だ。

できるだけ多くの人に、この認識を持ってもらいたい、知ってもらいたい。
友人、知人にこのブログを薦めていただければ幸いである。

一人でも多くの人の目を開けることに貢献できれば、と思う。



参考文献

ローザ・パークス 高橋朋子 訳 1999 『ローザ・パークス自伝』 潮出出版  
ジェームズ・M・バーダマン 水谷八也 訳 2007 『黒人差別とアメリカ公民権運動―名もなき人々の戦いの記録』 集英社新書



女性専用化社会に疑問を感じた方は以下の2つのバナーへのクリックをお願いいたします。
あなたの一票が社会をより良くするための原動力になります。
人気ブログランキングへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

>「男性が差別されているという事実に気付くこと」

>これが女性専用化社会に対抗するために重要なことだ。
>そもそも差別に気付かなければ、差別をなくすことなど不可能だ。

情報操作などもあり、この事実を周知させるのは簡単ではありませんが、とても大切なことだと思います。

女性の間でも男性差別についての理解が広がっていってほしいですね。

No title

>女性の間でも男性差別についての理解が広がっていってほしいですね

そうなのです。
男性差別をなくすためには、女性に理解してもらうこと、それが非常に重要だと思うのです。

もちろん、女性に理解してもらうだけではなく、男性も女性のことに理解を示す努力が必要だとも思いますが。

互いが互いの人権に配慮して、全ての人間に住みよい社会を作る、それが理想です。

相互リンクの件

相互リンクの件、是非よろしくお願いします。
フェミニズム問題について1人でも多くの人に認知してもらえるよう頑張っていきましょう。

リンク承認ありがとうございます

>>蜻蛉様

日本をより良い社会にするために、共にがんばりましょう。

よろしくお願いいたします。

女性専用車両の「全日・終日化」スタート

No title

コメントありがとうございます。

終日とは酷い話ですね。
何の対策もせずに、ひたすら女性専用車両だけを拡大していく鉄道会社に強い不快感を覚えます。
いつか、このような不条理な扱いから抜け出せるよう、結束していきましょう。

プロフィール

senyou38

Author:senyou38
初めてご来訪の方は、当ブログの趣旨である「はじめに」をお読みください。

当サイトの「もくじ」をご利用ください


女性専用
男性差別
(FC2キーワードランキング)

当サイトはリンクフリーです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
政治・経済
424位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
115位
アクセスランキングを見る>>
カウンター(累計)
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR