女性の加害者性

前々回の記事の中で、社会には「女性は常に被害者、男性は常に加害者」という前提があるということに触れた。
女性は常に被害者」、あるいは「女性は常に弱者」という言葉に疑問を抱いたことはないだろうか。

文明社会では弱い者を守るため強い地位が与えられ、結果的に「弱い者が強い」という逆転が起こっている。

一般的に、男性は女性よりも体格が大きく、筋力が強い。
その力を不当に使えば「暴力」となり批難される。

しかし、女性は男性の力など比較にならないほどの強力な「力」を持っているということは、あまり認識されていない。
さらに女性がその力をもって不当な暴力をふるっても、それは「暴力」とは認識されないのだ。

女性が持つ「力」とは「弱者・被害者として大衆や権力者を動かす力」である。

痴漢冤罪において、女性が警察(ひいては検察と裁判官)に被害を申告し、警察が女性の言葉を「正」とし、被疑者の男性を「悪」として物理的、精神的、社会的にリンチするのがわかりやすい例である。

女性が痴漢被害に遭ったとして、痴漢とは無関係の男性を犯人として駅員及び警察に突き出したとする。
(捕まえる相手を誤ってしまっただけなのか、それとも故意であるかを問わない)

駅員は、男性を(場合によっては複数人で)ガッチリと掴み、逃がさないようにする。
あるいは「善良」な男性が「卑劣な痴漢は許せん!」と追いかけてくるかもしれない。
(JRの駅でよく見かける、女性が「痴漢です!」と声をあげたら周囲の人々が「痴漢だと!許せない!」と襲い掛かってくるポスターのように)

そして駅員室まで連行して逃げられないようにし、さらに警察に引き渡す。

警察も同様にして、(場合によっては手錠をかけるかもしれない)、パトカーに強制的に押し込み、警察署に連行する。
取調べで「お前がやったんだろう?」「みんな自分はやってないって言うんだ!」「この変態野郎」という罵詈雑言を浴びせられるという拷問を受け、認めれば解放される代わりに犯罪者となる。

否認し続ければ留置所という檻の中に最長23日間監禁され、その上で有罪判決を受ける。
仕事も失い、信用を失い、家族を失い、場合によっては全国の新聞やテレビ、インターネットで実名報道され性犯罪者として全国に自分の名前が知れ渡り、今後の職を得ることも困難になり、犯罪者として永久にインターネット上に残るため人間関係にも多大な障害となる。

さらに弁護士を雇って法廷で争うことになれば、検察は最高裁まで控訴するので、裁判のために数年間という時間と数百万(時により1千万以上)ものお金が必要となる。

これは、まぎれもなく女性のみが持つ「暴力」である。

痴漢冤罪で逮捕され自殺した人もいる。
(「原田信助の国賠を支援する会」参照 http://haradakokubai.jimdo.com/
女性の暴力により殺されたのだ。

性犯罪という分野においては、「女性の証言」は強力な証拠となって有罪判決が下されることが多い。
だから、女性の言葉は警察や検察、裁判官といった権力者を動かし、男性を合法的にリンチすることを可能とするのだ。

近年は性犯罪の冤罪の裁判で無罪を勝ち取るケースも見られてはきたが、未だに裁判官が「女性が嘘をつくはずがない(※1)」や「(犯行が)容易ではないけれども、不可能ではない(※2)」と言って推定有罪の前提で判決を出す司法のレベルである。

※1 2008年の強姦事件で懲役12年の実刑判決。6年後に女性が虚偽の証言をしていたことを明らかにし釈放された。
http://www.sanspo.com/geino/news/20151017/tro15101705010004-n1.html

※2 2011年三鷹バス事件。監視カメラの状況で触っていないことを確認、繊維鑑定も潔白、その他さまざま不可能に近い状況から、それらをすべて無視して「~すればできたかもしれない」という推論で有罪判決。
三鷹バス痴漢冤罪事件
女性の証言は男性がどれだけ無実の証拠(それが要求されること自体が異常である)を積み重ねても崩すことは困難なのである。

他にも以下のような有名な性犯罪の冤罪がある。
富山連続婦女暴行冤罪事件
御殿場事件


女性の持つ「弱者の力(権力者を動かす力)」を無実の男性に向けたとき、それは「暴力」とは認識されない。
女性は「常に弱者・被害者」という絶対的な前提が存在するため、女性が「強者・加害者」として扱われることはないのだ。


男性は女性より力が強いから、力で劣る女性に対して暴力を振るってはいけないと教育される。
では女性はどうか?
男性個人の物理的な力とは比較にならないほどの圧倒的な力である、国家権力(検察・警察・裁判官)を容易に動かす力を持っている女性は、その力を適切に行使すべきと教育されることはあるのだろうか。

厄介なことに、男性が伝統的に「か弱い女性を守れ」と刷り込まれてきたのと同様に、女性自身もフェミニズムにより「私たちは弱者だ、被害者だ」という意識を刷り込まれている

そして「私たちは被害者」という意識から性犯罪の冤罪(意図的なもの、そうでないもの両方とも)を正当化し、性犯罪の冤罪が凶悪な暴力であるとは露ほども認識していないのだ。

近年、性犯罪の厳罰化がどんどん進んでいる。
つまり女性の持つ「弱者の力」が更に強大になっているということだ。

しかし、それが不当に行使された場合は性犯罪のように厳罰に処するという話は無い。
これは男性が女性を傷つける場合は厳罰だが、女性が男性を傷つける場合は無罪であると言っていることに等しい。

インターネットの性犯罪の記事を見れば、コメント欄には「性犯罪は死刑にすべき!」「去勢すべき!」「さらなる厳罰化を!」という書き込みであふれている。

男女平等が叫ばれる現代においては、女性が男性に対して、女性の性に基づく不当な暴力を不当に行使したなら、同様に「性犯罪の冤罪は死刑にすべき!」「子宮(膣)摘出すべき!」「さらなる厳罰化を!」という主張がされるはずだが、そのような意見は殆ど見かけない。

上述の通り、女性は絶対的に「弱者・被害者」の地位、すなわち社会における上位のカーストにいるからだ。
(実際に弱者・被害者であるかどうかではなく、弱者・被害者として社会的に認められていることでこの地位に就ける。男性の弱者・被害者は実際に存在しても、社会的に存在しないものとされているため、男性はこの高位のカーストには就けない)

性犯罪を厳罰化するのであれば、それとセットで「性犯罪冤罪に対する罪」というものを創設し、性犯罪と同レベルの処罰がなければ、女性と男性の関係は貴族と奴隷の関係になってしまう。
つまり、奴隷(男性)が貴族(女性)を傷つけることは重罪だが、貴族(女性)が奴隷(男性)を傷つけても無罪になってしまう。

つい最近も痴漢冤罪で無罪となったニュースを見かけた。
バス車内痴漢で無罪=「勘違いの可能性」-神戸地裁
(時事通信)

この冤罪被害に遭った男性にとって、事件から無罪判決が出るまでの1年半どれだけの精神的苦痛を味わっただろうか。
起訴されているので逮捕拘留、警察・検察の有罪ありきの尋問があったことは間違いない。
それに加えて周囲からの軽蔑のまなざし、裁判の費用の負担、会社を解雇された可能性も高い。
無罪判決を勝ち取る日まで、まさに人生を引き裂かれる苦痛であるだろう。

しかし、冤罪を引き起こした犯人(あえて「犯人」と呼ばせてもらう)の女は「勘違い」で済んでしまう。

「痴漢の意図ではなかったかもしれないが、女性が触られたと感じたのは事実」として罪に問われることはないだろう。

人を傷つける意図なく怪我をさせてしまったら「過失致傷」、殺す意図なく死なせてしまったら「過失致死」として罪に問われる。
しかし、勘違いという過失により冤罪を引き起こし、男性の人生をめちゃくちゃにしても「過失○○」と呼ばれることはない。
男性の受けた被害に対して、女性に対するペナルティはゼロである。

これが「女性と男性の関係は、貴族と奴隷の関係」ということである。

弱者の権利保護が高じて弱者が強者になってしまっていること、すなわち「女性は強者である」という側面を持っていることを発信しなければならないと感じる。

そして、性犯罪の冤罪は性犯罪と同等の凶悪な暴力であることが認識されるようになってほしい。

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